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一定期間更新がないため広告を表示しています


最近いろいろ感じること。 
女性であることの意味とか。

 以前にTEDtalk見たこともあったfacebookのシェリルの本を読んだり、
 BODY SHOPのアニータやマザーハウスの山口絵里子さんのエッセイ読んだり、
 身近にベンチャー女子会なるものの存在があったり、 
インドでのインターンでの経験やクルクメの篠田さんや
セブで起業された方のアドバイスも思い出したり、 
遙洋子さんという人のコラムを読んだり、 
アベさんがごにゃごにゃ言い出したことを考えてみたり。 

ていうか、無意識的にそういうのばっか目に入るようになってたのかな。 

でもやっぱり、これからのキャリアを考えていく上で、 
自分が女性であるということは絶対に考えなくちゃ行けないし、
 一度はぶち当たる障壁や課題にもなり得るんだろうなあ、 
ということを最近感じています。

 以前も書いたけど、私自身すでに、 
「女性は家にいてほしいと思う男性が世の中の大半なんだよ」とか 
「子どもを生めることにもっと感謝しなよ」とか言われて、 

さらに、あるNGOを訪問した帰りに 
「あの女性と男性の共同オーナーは絶対にデキている」とか 
「あの女性経営者は、実際はあんまりかわいくないよ」とか
 全く本質的でないコメントをされたときにはカルチャーショック凄まじかったのだけど、
 まあ、やっぱそういう
(上のはあまりに極端で、本心で思ってても普通いわんだろって感じやけど)
 反応(意識)って社会の中で潜在的にあるんだろうなっていう話で。

 日本なんて、イスラム諸国なんかに比べたらものすごく女性に優しい国なんだろうが…。 

シェリルの話なんか読んでると、
そういうちょっと滑稽な彼女の実体験が おもしろおかしくかかれていたりして。

 googleやfacebookで働いてきているし、確かに激務ではあるだろうし、
そんな女性は「化け物だ」なんて表象されることもしばしばだとか笑 

でも、女性のキャリアって、確かに今までは 
男勝りである人が登り詰めて行くところというか、 
既存の男たちが作り上げてきたやり方に従える人が 
そういうキャリアを築いていけるんだろうなと思っていた。 

けどさ、シェリルやアニータや山口さんが言うように、 
やっぱり男性と女性は物理的にも生物学的にも違う生き物だし 
それぞれの役割をうまく分担していった方がうまくいくと思うんだなあ。
私も働きたいけど、「モンスター」になりたいんじゃない笑

かといって、社会に変革なんて求めても(それも同時に大事だけど)、 
簡単には変わらないし、それを言い訳にしても意味ないし、 
それだけになっちゃ行けない。
って上記の方々がみんな言ってる。 

 (全部、受け売りですねw) 

 女性が自分で築いて行かなきゃいけないんだなあと。 
ていうか、自分で作っていっていいんだなあとも。 

実際、女性の社会進出が進んでいるけど、 
家庭に入りたいと思う女性が増えつつあるという傾向もあるらしいし。 
フィフィさんも、そんなこと言っとった。 

 現存の環境では、やはり、相当踏ん張らなくちゃならない場面はあるだろうし、 
シェリルなんかも、すさまじい苦労をしてこれまでキャリアを築いてきたはず。 

でも、甘えるという訳ではなく、女性としての特性をそのままに、 
自分の思い描くキャリアとか人生をつくっていくことを諦めないようなモデルを 
まずは個々が実現して、示して行かなくちゃいけないのかなあと思った。 

具体的なプランはまだだけど…。 

でもな、やっぱり、結婚はしたいし、子ども欲しいし、仕事もしたいし、 
これからもいろんな葛藤があるだろうけども、 
なにか、自分なりの形をつくっていけたらなあと思ったのでした。 

とりあえず、甘えちゃだめだね。 まずは自分でつくるんだ。 
あと、仲間とかつながりをつくることも大事なのかも分かんない。 

時々、すごい弱気になったり、退路を断つなんてとてつもなく怖くもおもうけど 
そんなもんかな。 わかんないけど。わかんないけど。




続けてこうしーん。

 最近、2年ぶりに京都に戻り、机に向かうお勉強が再開しました。
 久々ですが、まあもともと授業は一人で受けるのが好きやったので、あんま変わらんかな笑 
それでもちょっと友だちいなくてさみしいけど、ゼミ始まって、それなりに繋がってるヒトおるなーって気付いた。

今年度は、ゼミと卒論と何故かとりそびれてた基幹科目を若者とともに受けていますw
それでさ、最近お勉強(読書)が楽しくて。 
こんな高ぶってるの、おそらく人生で初めてである。笑
ま、主に自分の研究のためとお仕事のために本読みあさってるだけだけど。 
小説やらソフトなのも含めて。 

なぜいままでこんなに本読まなかったんだろうね。よく生きて来れたね笑
成績はとっててもねー。それで卒業できる日本の大学すげーーーー。 

で、そんなことになったのは、やっぱちょっとこの大学という場を離れて、いろんな生き方してるヒトに出会えたからなのかなーとか。
何か広く世界を見れるようになったとでもいいたいと思われるかもだけど笑、やっぱ同じとこに似たようなヒトは集まる訳で。頭ぎゅーってなるんだよきっと。 
帰ってきて思ったのは、なぜ私は1回生の時に、あんなに周りに劣等感感じて、発言することを恐れて、見栄ばっかはって強がって、泣きじゃくっていたのだろうかと。笑 今思えばとってもちっぽけなこと。ちょっと視界広げたら、大学生活なんて、私の今の一部分に過ぎないのに。余計なものにとらわれず、やりたい勉強すればよかっただけなのに。 

でも、まあそれに気付くのに時間も必要だったかなと。そして、その時間を設けて本当によかったなと。何と言うかちょっと自由に、ゆるく、自分のことみれるように。またにはがつがつ行かなきゃな場面もあるが。 

 それから、明日から本格的にインターンはじめる。このあいだ、インターンは評判悪いとか言ってましたがわたし笑 

いままでのインターンは、あんまり就職(てか就活)意識してた訳じゃなくて、やりたいからやってた感じだったけど、今回はもろお仕事探しを意識して。 

結局、いま、いわゆるシューカツはやっていなくて、京都戻った1月からずーっとどんより考えて、就活生に対しても失礼なこと言ったりしてしまってて、方向性を探ってぐるぐるしていました。しかし、動いてみたら何だかいろいろ動いていきそうで。 

いまはほんまに、シューカツしている人はすごいと思う。彼らには何にも言えない。いろいろ言っちゃって反省しています。そんで自分はじぶんのやり方でなんとかすればいいだけ。いろんなあり方尊重出来るようにならなきゃなああ。 誠実でなければなりませぬ。自省もわすれず。

そんな感じで、これから実証していかねばならない訳ですが、
この世に王道なんぞなく、同調圧力なんてもの(もはや幻想なのかもしれないけど)だって無視しても、人生なんとかなる気がしている。ゆるーく、広がった。ある意味、殻からだっぴー。薄皮だけだっぴ。ってことにする。



前回の記事からまたしても時間が空いてしまった。 いろいろ変化はありまして。 とりあえず、最近catch the moment campaignを一人で勝手にはじめました。笑 あるアーティストさんがテレビで言っとって、いいなーと思って、即ぱくりました。

 まあ、簡単に言うと、インターネットとかに割きすぎてた時間をやめて、目の前にある・目の前で起きてることにちゃんと目を向けて捉えようとしてみるっていうキャンペーン。大きなのがツイッターをしばらくお休みすると決めたこと。外出中も歩きながら、家にいても寝る前起きたらご飯の時も、ずーっといじっとったから。 

 最初はね、ツイッター上で友人で繋がってるヒトも少なくて、知らないヒトと気軽に繋がれるのが楽しかったし、発信する度胸つけれるし、何より情報の早さに感動して愛用していたのだけど、最近は何やら自分でコントロール出来なくなってきたなと感じていて。 

 思ってなかった方向に広がったり、面と向かって話せるヒトとツイッター上で会話することで誤解が生じたり、誰かのつぶやきにいつも一期一憂して、自分でも時間と感情をコントロールするのが難しくなってしまったから。 

 リテラシーも足らないんだな。 
揺るがないだけのものもない。 
自分で管理出来れば別にいいと思うけど。

 そして、考えるのも怠るようになってた。思ったことなんでもツイッターに垂れ流しにすることで、自分の中でじっくり考えたり、再考したり、そしてそれをどうやってどういう場面でどんなターゲットに伝えるべきかなんてほぼ考えずにつかっちゃってた。べつにどうでもいい内容も多かったし、感情のはけ口だけならまだ(いや、やっぱ迷惑だし、誰かを不愉快にしてしまっただろうし、そこもちゃんと考えます。自分で感情処理します。)、私自身、使い方ちゃんと整理出来てなかったから、結局マイナス要因がプラス要因より多くなっちゃったから、しばらくやめてみよーと。

 んなわけで辞めてみたら、何だか心が軽い訳です。笑 すぐに「これつぶやこうか」って無意識に考えてる時とかあるけど、その都度、これってなんのために言いたいんだろう?って考え直したりして。笑 それでも大事な気持ちやアイディアだって思ったら日記に書くことにした。続かない性分なので、箇条書き程度で、書きたい分しか書かないけど。でも確実に振り返るし、思考の流れがちゃんと残るから良い。

 ほんま、いいこともあったんだー。(そのおかげかは知らない) 
大切にしたいものを大切に出来るヒトになりたいです。あ、あと最近『選択の化学』って本を読んだのも大きい気が。面白かって。最近’選択’についてよく考えてたので、なかなか面白かったし、人間ってみんなそんなもんかなんて思ったらラクになったのと一緒に、これからの選択にもわくわくしてきた。 

 といっても、たぶん完全にツイッター辞める訳じゃない。情報収集とか唯一そこで繋がってるヒトとの交流もあるし、そのうち戻るかもしれない。アカウントも消さない。けど、しばらくはいいかな。たぶんたまにリプきてないか見たりはするけど。

面識はないんだけどあるひとが言ってたんだど素敵なことば。

 ”心がイマイチ晴れない。 
そんな時に上を見上げたらこの空があった。
明日は少し視線をあげて歩こう。
 世界はこんなにも美しい。”

 案外きれいなのかも分かんないこの世界。そんな最近。 ろまんちすとー。




 

あたし、今回はマメでした。
今後の資料にしようと、家計簿つけてました!


※ただし、長期滞在したインドのバンガロールとカンボジアのシェムリアップの記録は適当すぎるので省きます

※移動で日付またいで日数重複してたり。ま、適当です

※全て円表示で、レートは当時のもの


①ベトナム(8/6〜14 8日間)
食費計:3044円
宿泊費計:3280円
お買い物計:2540円
入場料計:144円
交通費計:6120円

合計:15128円
単純計算で一日平均:1891円

宿代が高めな印象。


②ラオス(8/15〜21 6日間)
食費計:2690円
宿泊費計:2500円
お買い物計:874円
入場料計:1930円
交通費計:4080円

合計:12074円
一日平均:2012円

交通費が高い!長距離バスとか。


③タイ第一弾(8/21〜9/4 15日間)
食費計:9462、5円
宿泊費計:2962、5円
お買い物計:14150円
交通費計:7930円

合計:34504円
一日平均:2300円

とりあえず食べ過ぎ。
宿は居候してたのでちょい安。
買い物にインド、ミャンマービザ申請費込み。


④ミャンマー(9/4〜18 15日間)
食費計:5865円
宿泊費計:6160円
お買い物計:3220円
交通費計:9700円

合計:24945円
一日平均:1663円

なんだかんだ安くなった。
宿代は高い!10$以下のとこなぞなかった。


⑤タイ第二弾(9/18〜30 12日間)
食費計:3922円
宿泊費計:5500円
お買い物計:9965円
交通費計:3805円

合計:15887円
一日平均:1323円

ミヤワディでぼられた分のガイド料と入場料がお買い物に込み。
途中親と一緒だった割に高い。


⑥インド(9/30〜10/14 15日間)
食費計:3504円
宿泊費計:3725円
お買い物費計:2780円
交通費計:2191円

合計:12200円
一日平均:813円

安っ!食費とかとくに。
あと部屋はほぼシェアしてたからかな。


⑦シンガポール(11/12〜14 3日間)
食費計:1674円
宿泊費計:3480円
お買い物計:2562円
交通費計:2124円

合計:9840円
一日平均:3280円

高すぎ。て、速攻出国。
ドミはきれいで快適やったけど、29S$。。
探せばもっと安いのあるけどね。


⑧マレーシア(11/14〜16 3日間)
食費計:1215円
宿泊費計:625円
交通費計:50円

合計:1365円
一日平均:455円

何もしてなさ過ぎて安くなった。
結局最終日は空港泊だから実質1泊。


⑨カンボジア(11/16〜19 4日間)
食費計:2478円
宿泊費計:1200円
お買い物計:2430円
交通費計:680円

合計:6788円
一日平均:1697円

ブランドの服高かったー。






と、言う訳で、今回の旅の各国合計
132,731円(81日間)

あ、クレジット払いだった飛行機は
155,434円だったので

全部で
288,165円


ちょい適当な計算でしたが、まあそんな。
3ヶ月で30万くらいって感じ。
高いな!!!

国によっておんなじくらいの条件で宿選んでも、ご飯食べても全然金額違うし、まあ国ごとに節約するポイント変えつつで挑めばもっともっと節約出来たはず。とりあえず今回は割と妥協気味でした。

最初は不安だから様子見で、そして慣れてくると結局は数十円、数百円にキレてる自分に疲れてくる笑

そのかわり、ぼられたのもまあ2000円くらいちゃうかな。寝込んだのも1回だけ、あとはバイクに衝突されたくらいで元気に帰って来れたのでよいとする!


以上の結果より、なんかもっとおもろい分析結果出せる人教えてね笑


おわり。








あけおめ。いまさら。
下書き消えすぎて、めげて、放置してました。
 

12月21日に帰国しました。
去年4月から休学して、語学留学、バックパックでふらふら、インターンとやってきたのですが、京都に帰ってから

「あれ、フィリピンから帰ってきたの?」
「てか、いまどこいるの?なにしてるの?」
「え、もう日本にしばらくいるの?」

って聞かれまくるので、この一年を簡単にまとめとく。


2011年10月  進路に迷う、就活がしっくり来ない、ぐだぐだ、、、、
     11月? しゃー、休学しちゃお。

2012年2月   APU国内留学を終えて、実家の仙台に帰る
          ・タイ料理屋でバイトはじめる
          ・荒浜で被災農家のお手伝い
          ・休学手続き、留学準備
          ・家族とたっぷり一緒に過ごす etc...

2012年4月   フィリピン・セブに語学留学!
    〜7月   マリンスポーツとかマジで興味ないので、お勉強しながら
          スタツア行ったり、ゴミ山行ったり、フリペのお手伝いする

          正直、英語はあまり伸びている気がしなくて、しんどかった。
          最後の1ヶ月は焦りからかいろいろとやらかし死んでた。

2012年8月   何とか留学を終え、マニラで遊んで、帰国。
          すぐに準備してバックパッカー旅スタート!のはずが、
          謎のウイルス感染により数日間高熱にうなされる。
          飛行機に乗るため、点滴を打って東京へ。

          とても飛行機乗れるような状況じゃなく、逃す。
          
          結局1週間遅れで旅スタート!


          ①ベトナム
          ②ラオス
          ③タイ
          ④ビルマ(ミャンマー)
          ⑤タイ
          ⑥インド

           
2012年10月 インド・バンガロールにてインターン開始
         在住邦人向けフリーペーパー作成会社でライターと営業のお仕事。
         お仕事はすごい忙しいけど楽しくて、
         女性のキャリアとか自分の将来像とかをすごく考える機会になった。
         当事者として、ちゃんと働くって意味も考えた。

2012年11月 次のインターンまで時間があったので
         シンガポール、マレーシア、カンボジア・プノンペンふらふら。
         シンガポールでは、休学の決め手になった尊敬する知人にあったり。

2012年11月 カンボジア・シェムリアップでインターン開始
         憧れの社会起業家の方のもとでお仕事。
         オーガニックコスメやバス用品を製作・販売する会社の
         直営店のマネジメントなど。
         幸せな毎日でした。カンボジア人のスタッフとの距離の取り方が
         難しくて苦しいときもあったけど、休日も職場で作業したり。 
         オーナーさんもがっつり話を聞いてくれ、将来へイメージが具体化して
         わくわくできるようになった。  

     

2012年12月 帰国

2013年1月  京都に帰ってきました!
         就活?お仕事探し?Job Hunting?



こんな感じ。今は京都に潜伏中。
休学の最初(セブのころ)は、正直本当に進歩感じれないし、
旅の最初のころも心細くて「何してんねやろ?」と問う日々。

でも、だんだんと旅を楽しめるようになって、
英語のコンプレックスもかなり薄れたことが実感出来てくる。
ただの旅って思ってたけど、本当に自分に向き合ったら、
圧倒的に成長出来る場だって確信した。自己マネジメント能力だって身に付くし
(ほんまに全部自分の決定で、己のダメさが痛いほど突きつけられるし)
ひとつひとつ進んでいくことで自信にもなった。

インドでインターンしてたころ、ギャップイヤーの原稿書くことになって
改めてそれまでの期間を振り返ったら、本当にこの1年もうけてよかったって思えた。

一年前の自分じゃ絶対あり得ないくらい、生きる力が湧いてた。



でも、帰ってきて、イメージとか準備はちょこちょこしていたものの、
就活とか’’げんじつ”的なやつが目の前に来て、
この1年のあたしの経験が誰かの価値になることはないんじゃないかと
ここにいたって、あたしは地に足着いてない、めんどくさい役立たずなんじゃないかって
急に自信喪失し、急ブレーキかけてしまって、いま。

でもでもやっぱり、旅している間から考えていた方に進もうかなって考えてる。
しっくり来る方に。

とにかく、この1年があって本当に良かったって思いは絶対だし、変わらない。
いまだにふらふらしてるけど、結局自分の選んだ道進んでくと思う笑
意地でも活かす。



旅日記など順不同で更新予定。あきらめない笑



 

インドでのインターンを終えて。
実はもう1ヶ月経つ今頃、やっとその学びが見えてきた気がします。

というのも、
インターンを通して出会ったある人の考えに疑問を持ってしまうことが多く、さらにそう言う場合、どんな風に人と付き合えばいいのかを今まで真剣に考えてこなかったこともあって、
(いままでは自分の意志を結構無理矢理通してきたし、それが出来ていた。)
女性がこれから社会に出て働く意味をものすごく考え、きっとその人も分かってくれると信じて、闘い続けても、やっぱり最後まで思うようにコミュニケーションとれなかった。

わーーーーーって悔しくなって、自分勝手な思いをぶつけて、「甘えだ」とか言われつつ、それでもよくあんなのに最後まで付き合ってくれたなと今ではちょっと感謝。


でも、やっぱり私は夢を信じてそれに向かってく女性でありたい。
キャリアというか、自分の仕事を本当に責任もってやってきたいし、家庭だって築きたい。結婚したいし、子どもも欲しい。そう思うのは間違いじゃないでしょ?

それを受け入れる社会になってないのは分かってるけど、だからといって、
「社会の大半は女に家にいてほしいと思ってる」
「共働きで子育てなんてそんな苦労はごめんだ」
「実際、女性より男性の方が有能なんだから仕方ない」
なんて人とはあたしは考えが違う。

「女性が子どもを産めるということにもっと感謝しないと」
なんて、別の問題だよ。

世の中にはさ、いろいろな考えがあって当然だから、私とは全く違う考えの人だっているだろうけど、働きたいという意思を持ってる人の前でそんな話するのは本当に全く何も生み出さないことだと思うのです。

その場で無視したり流したり出来る人もいるけど、あたしはそう言う生き方じゃないんだよね。
でも、こういう議論、口論になる時間だってあたしの人生の時間であって、どの程度妥協するのかってこともやっぱ考えなきゃだとは思う。

ほんま、絶対に譲れないことだけ線引きして、どれだけその議論に時間かけるかっていうバランスこそ、その人の人生だね、って尊敬する知人に言われました。ふむふむです。


とにかく、これに関してはあたしが譲れないとこだ。
フェミニストっていうのではないけど、私なりに思い描く人生を自分が体現していくしかないんだなと思う。

そして、それには懐がブラックホールのような人もしくは全てに無頓着な人に出会う必要が笑(現状の社会では現実的にね)

とりあえず、やってみる前から決めつけたら何もできないもの!
にへいがやっちゃるーーーー!
幸せになっちゃるーーーー!
幸せにしちゃるーーーー!






ホーチミンを出て、初スリーピングバスにてムイネーという町に移動。
オープンツアーだけど、もう席予約しちゃって
一都市ほぼ一泊の日程でフエまで北上しました。

正直、ホーチミンでお友だちに頼りすぎて一人なるのがだいぶ不安でしたw
が、そのお友だちがくれた情報とゲストハウスの家族が優しくて楽しく過ごせました♡

 

スイティン。妖精の清流?という意味。すごく浅ーい沢?を登って行くと、滝があります。
水が冷たくて気持ちいい。
途中もみどころいろいろ。



これがたどり着いた滝。
ちっちゃいけど、子どもたちが元気に遊んでました。
ツアーで来ると、最終地点のここまでは来れないみたい。



ホワイトディーン。白い砂丘(イエローもある)。
ベトナムで砂丘のイメージ皆無だったけど、
これはきれいやったー。
バイクちゃーたーして、おっちゃん片道1時間も運転して頂いて、ありがと。
他もみどころは全部回ってくれた。
この日だけで肌すごい焼けたけど!



続きまして、ニャチャンという町へ。
ここがほんとにいい。
ムイネーから行ったから町は大きく感じたけど、
この海がすごくいい。
夜について翌朝、早起きして日の出前に海行ったら
もうすでに地元の人でいっぱい。
波打ち際走ってたり、寝転んでたり、泳いでたり(朝5時、まっくら)

リラックスしててわたしもすごく心地よかった。
幸せだった。
まだ明けないでくださいて思った笑




ニャチャンを離れたくなかったけど、
ホイアンへ。
クーポン性で中国や日本の影響残る建築など見れる町なのですが
結局なんかただで歩き回りました。
オーダーメイドが安くて有名なので、トップス作ってもらったり!
提灯がかわいい。夜、すごくきれい。







しかし、泊まってたゲストハウスがすごかったw
わたしの部屋はほぼ外のような屋上に無理矢理付け足したへやで。
あ つ い。
そして部屋で休んでいたらものすごいドリル音が壁の向こうでしました。
びっくりして外でたら、隣部屋に何か取り付けようとしたらしい。
「sorry! 5 minutes!」
いや、てか、あたしの部屋の壁に穴が空き、若干壁紙はがれてます。

でも、お隣さんがベットがぴったりはまるスペースしかないという
私の部屋を遥かに超えるレベルだったので(彼はその部屋をクローゼットと呼んだ。)
まあ良しとした。
そしてそれきっかけで仲良くしてくれた。
ご飯みんなで行ったり、
彼のクローゼットを這い上がり、屋根の上でお話ししたり←なんてロマンティック。



日本人街があったというホイアン。
讃岐うどん由来のかおらおという汁なし麺。




で、フエで一泊し、ラオスに入りまーーーーす。
バス(20時間)。
バスのおんちゃんたち、
英語で話しかけると完全無視やのに
突然笑いかけてきたりするツンデレでしたw
初、陸路の国境越えで緊張しましたが、
でもすぐやったな。

さあさあ、ラオスですよー。
聞き覚えのある単語などが耳に入るだけでもちょっと安心感!
ベトナムは冒険だったなー。
またゆっくり行きたい。
とくにニャチャンのビーーーーーチ!!!!!


ちょっと雑だけど、ベトナム編、おわり。











順不同過ぎますが、セブでのことを書く合間に旅のことも書いてこうと思います。

生存確認の意味も込めて笑

 

実は、マニラでのどに何かの菌をもらったらしく、日本帰って熱出して倒れてました。ビザ取れないし、てか、最初に取ってた飛行機乗れませんでしたw

 

もう気持ちが滅入っていたのですが、なんとか、のどに出来た白い斑点(何か菌と体が戦ってるって証拠だよーって先生に言われたw)も消えたので、やーと、8月6日の深夜、日本を出国しました!

 

1カ国目・ベトナム♡

 空路でホーチミンへ。こちらに留学中の小学校からのともだちにお世話になりました!ツアーとかいろいろ教えてもらったり、おいしいご飯連れてってもらったり、インターン組と知り合えたり、ほんとに何から何まで。感謝;;

 

  ホーチミンの印象

  めっちゃきれい!

都会。道路とか、きれいに整備されてるし、植民地時代やそれ以前の歴史のなごりでフランスや中国やロシアやいろんな宗教や文化や建築様式があるのにごちゃごちゃな感じはしなかった。街路樹とか公園とか緑があるのもすてき。公園でぼーっとするのが好きな国民好き笑


  

  カフェ文化最高w

ベトナムコーヒーが有名だし、取りあえずチェーンも個人経営にしてもカフェがいっっぱいある。しかも、結構かわいい。おしゃれ。こんな環境なら嬉しすぎる。夜に新聞紙に座っておしゃべりする、公園(座り込み)カフェも人気でしたwピクニック気分なのか?w

  

・パジャマ

上下セットのパジャマというか部屋着のまま外出するのが普通?それも『ちょっとそこまで』のレベルでもなく、昼だってお構いなし。上下セットだと上品だという、そんな感じらしい笑 でもスーパーで可愛いのも売ってたよ?

  バイク

聞いてはいたが、ほんとにバイクが多すぎる。面白いくらい多い。歩行者よりバイク優先らしいw そして、ヘルメット着用義務づけで99%くらいの確率でみんな被ってる。タイじゃあり得ない。

  ベトナム戦争

戦証博物館にも行った。最初、なかなか写真を直視出来ずにいたけど、じっくり説明読みながら見ることが出来てよかった。ほんとにたった20年前のことなんて、と考えたらものすごい変化だったろうとか、いまベトナムにいるのが不思議な心地もした。枯れ葉材関係の展示もかなり衝撃でした。原爆による被害もずっと続くもので、枯れ葉剤も何代にも渡るもので、ちょうど8月6日の広島原爆投下の日に式典みたあとで、いろいろ思うことがあった。

    

 

とか、いろいろ。ちょっとしか滞在出来なかったのだけれど、ぎゅっと詰まった素敵な時間でした。南北の言語やいろいろな見方の違いだとか、外資の参入状況とか、これからがほんとに興味深い国だなーって印象。

また北上してくので、違う都市見れるのが楽しみ。

 

 







 

またまた日が空いてしまいました。

もうちょっと前の話になりますが、学校休みの週末を使ってミンダナオ島に行ってきました。きっかけは3つくらい。


①多分、山根先生の東南アジア研究の中でほぼ唯一記憶に残っているビデオがミンダナオのムスリムが多く住む貧困地域の少年を追ったものだった。そのビデオの中で男の子がミンダナオの歌歌ってて、それがすごく耳に残ってたのです。

②そして、あたしがここへ来る前フィリピンと自分の接点を考えた時、中学でフィピリンのバナナ園の話を聞いたのがあたしの国際協力への関心の始まりだったってことに改めて思い出した。日本人が彼らの土地をつぶしてプランテーションをどんどん広げたから、日本でおいしいバナナが食べれるんだよって。

③あと、こっち来てからも、先生たちがあからさまに“ムスリムは嫌いだ”っていうことにすごく違和感を感じて、セブから出たこともないのにって思ったり、とにかく自分で行かなきゃと思って。

そんなのと合わせて、機会にも恵まれたのでミンダナオ島に初上陸することになった訳です。と、いっても、まあ安全とされるダバオに滞在でしたが。また来るつもり、何たってたった3日の滞在を1週間前に急遽決めたもんで笑

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とりあえず、ダバオ、好き笑

セブなんかと比べられないくらい平和。ものすごく平和。人は穏やかだし、道もそんな混んでないし、比較的きれいに整備されてるし、タクシーにぼられることとかほぼない。

まあ油断しすぎちゃいけないのだけど、ほんとに変な緊張感とか不信感とか警戒心とかを人に抱かず自由に町を見て回れた嬉しさ。感動w

ただふらふら歩いただけなのに、ものすごい幸せだった。

日本政府はこんな平和なとこをマニラより危険だと言ってる訳ですよ。おばかちゃんですよ。

 

で、そんな幸せ噛み締めながら、初日の夕方にはダバオオリエンタルという地域にある“HOUSE OF JOY”という孤児院に向かいました。日本人が建てた施設なのだけど、フィリピン政府の認可ももらっている施設。下は4歳から上は15、6歳くらいの子どもたち20人弱が一緒に暮らしてる。(学校は近所の学校に通ってる。)

で、ここの子どもたちが可愛いこと。すっごい可愛い。みんなビジターが来るの慣れてて、まあ自由に遊んでくれるし、つこっみどころありすぎるしね、ずっと笑って過ごしてたなー。2泊したので、朝に一緒に教会行って(カトリックの礼拝は初めて!)、昼間は一緒に近所の海行ったり。のんびりで、ほんまに最高な時間の過ごし方やった。

 

そして、スタッフの澤村さんがおもろい人で。いろいろ教えてくれたし、いっぱい聞いてくれたし。そして、竹サックスに出会わせてくれたし。この出会いはでかい。子どもたちも楽器(澤村さんの手作り)好きで。

 

彼らの生い立ちを聞いたりもしたけど、やっぱり、子どもたち自身が新しい仲間が来る時はとにかく明るく迎えるんだって。彼らの気持ちを分かってあげれるのは彼ら自身なんだよね。中には1年近く、一度も笑わなかった子もいたって。けど、初めてその子が笑った時、みんなでお祝いしたんだって。その雰囲気がすごいなと感じた。周りの人間がどうこう言うんじゃなく、彼らでつくりだしたその空間がすごく素敵だなと思いました。

 

そして、あっという間に時間が過ぎて、セブへ帰ってきました。

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この旅で感じたことはいっぱいだけどミンダナオに行く目的になった二つのことだけちょっとまとめ。

 

  宗教観

学校の先生たちが行ったこともない地域をひたすら危ないって批判して、ムスリムを露骨に批判するのはおかしいと思ってて、ダバオに行ってもそれは変わらなかった。ダバオはセブよりはムスリムが多くて、こことは違って一緒に学校に通ったり商売をしてるのも自然に見えた。けど、やっぱりほかのムスリムが集中する地域とは違うんだよね。そして、セブに帰っていろんな先生に話し聞いてて、やっぱり私たちの耳に入らないような、国際ニュースにならないような事件や出来事も先生たちは小さい頃から目にしたり聞かされてきている訳で。ずっとそうやってインプットされてきたんだよな、と思ったらそんな客観視できんわなって思い始めた最近。にしても、って時はありますが。まだまだ到底理解しきれぬ。もっといろんな意見を聞きたい。

 

  プランテーション

実際、日本とかがもたらしたプランテーションは彼らの生活を大きく変えてしまったのだと思う。けど澤村さんとも話してて、プランテーションで働く人たちなんかが必ずしも不幸かって聞かれたら、決めつけれないよねって。だって、彼らは100人孫がいたりして、それを自慢げに話してくれたりする。それって、経済的なとこから見たら豊かと言えなくても、充分一つの幸せの体現に成得るじゃないかと。そして、親類に日系がいるとか結構多くてかなり親日な印象を持った(私が出会って話した印象からだと)!

にしても、ダバオ市からダバオオリエンタルに移動する道の両脇はずーっとプランテーションだった。飛行機から見ても、きれいに四角く区切られた緑がはっきり分かる。これってすごく異様な光景に見えた。フルーツの楽園と言われるダバオで、確かに気候とかは適しているのだろうけど、そういう背景があるんだってことは知っとくべきだと思いました。プランテーションはこれからどうなっていくのかな。

 

 

たらたら書いちゃいましたが、終わり。

 

 


 
はろー。
セブからお送りします、第一弾。


そうそう。今更ですが、無事つきました笑
今日から3週目の授業がスタート。
とりあえず、ここまでの生活と学校とネタをちょろっと書きます。

*生活編*
あたしはいま、学校の寮に泊まってます。
2人部屋なんだけど、いま訳あって一人占め。
自由にやらしていただいてます。
もう、ケチらんとこう、と思って部屋の快適か図りまして、
いろいろ買ったら部屋にこもるようになってきたw

・部屋の裏の富豪が飼ってる鶏(闘鶏用)がすごいうっさい。
・しゃわーが『しゃわー』ってしかでない。
・お湯はでるよ^^
・食堂のお米がグレー。
・ネットおっそい(繋がってるうちにassignmentやらな終わる)


ーま、セブやし、リゾートなんやろなー。
ローカルな生活したいなー。ー

っていう私の希望を期待以上に上回り
ローカルってくれてますこの寮。

ただ、日本人が多すぎる(8割くらい)、
遊んでるだけの人も多い、
『あの人はこの人が嫌いらしいよー』
みたいな幼稚なコミュニティがしょうもない。

というわけで、寮の人とはあまり絡んでない♡
先生に一人で出かけたーっていうと『友達いないの?』
って心配されます♡



*学校編*

私の一日

530  起床、おべんきょ
700  ごはん
815  1限(マンツー)
1030 2限(オプショナル)
1210 ごはん
1330 3限(グループ)
1530 4限(マンツー)
1730 ごはん
1830 とーいっく
2000 ふりー(べんきょ、ねっと、ごにゃごにゃ)
2400 寝る

授業は全部100分。
マンツーで100分だと結構がっつり。
(授業時間長い学校選んだ。)
だから先生との相性大事。
でも基本的には、明るい先生が多いから楽しいかな。
ゲイの先生多くて、男の子めっちゃ逃げてるw

時間ぴったりとか早めに行くと先生の機嫌良くないw
けど、リクエストしまくれば勝てるw
まあ、フィリピンやしーって思える人なら愉しめる。

とっても当たり前ですが、
流されてたらただこなして終わり。
話すことには当然慣れるけど、
進歩はしない。
自分がどれだけ突き詰められるか。



*ネタ*

1位:iphoneなくしましたー
2位:ルームメイトが引っ越しました
3位:ジプニーでぼられました


はっはっは。

iphone無くしたこと先生に話したら
『え、拾った人超ラッキーじゃーん』だって。
コロンというローカルエリア歩いてたら
平気で改造された携帯いっぱいあって
あたしのもロックとかなんとかしてても
解体されたら無意味やなーって悲しくなった。

ルームメイトね、最初から感じ良くなかったけど
ある日突然荷物消えてて部屋移ってたかんねw
どんだけあたし嫌いなん(爆






めっちゃてきとうに書いちゃったけど、
こんなとこです。
いま、外にコミュニティー作ろうとごにゃごにょしてます。
もちろん、寮におもろい子もおって、刺激になる。

ほんとに自分次第やね。
時間短いし、がむしゃらにやってみまーす!


またちゃんと書きまする。
今日はこれまで。